習慣を変える必要のないひと時

尾籠な話になりますが、私の実家にはウォシュレットがトイレに付いていません。何度も費用は私が負担しますからトイレを修繕しようと母親に申し出ました。トイレはリフォームしないのに庭のリフォームをしています。父親は8年前に亡くなり今、母親は一人暮らしです。80歳を過ぎて元気なのですが、姉の話を聞くと時どき眩暈やその他の症状を引き起こしているそうです。私には内緒にしているようです。心配しないようにと。私も定年を迎えて時間ができましたので、よく実家へ母親の様子を見に行くようになりました。今後は同居をしたいと考えているのですが母親は躊躇っています。さて本題ですが、私は用を足した後にウォシュレットで洗浄するのが生理的に大好きです。肉体的に気持ちが良いのです。衛生的にも容易と思っています。決して変質者ではありません。家にいる分には自宅のトイレのウォシュレットを当然自由に時間をかけて使います。ところが外出した時に、用を足す状態になったときには大変です。ウォシュレットの付いているトイレでないと用を足したくないようになりました。というより足せなくなりました。まだまだウォシュレットの付いたトイレは少ないのです。それも乾燥までついたトイレは本当に少ないです。どうしようもない時は我慢しますが、どうも落ち着かなくなって仕方がありません。時間があるときにはお尻の洗浄のためにもう一度トイレを捜します。コンビニエンスストア、ドラッグストア、デパートのトイレなどをです。実家に泊まった翌日のトイレでの用足しに随分と苦労をして来ました。地方なもので、わざわざ車で洗浄できそうなところを探しに出かけていました。ところが最近実家から歩いて1~2分のところにコンビニエンスストアができたのです。ウォシュレットの付いたトイレがあったのです。実家に泊まるのが楽しくなりました。翌朝、用を足してコンビニエンスストアで洗浄する。まさに幸せを感じるひと時です。只では悪いので雨を買ったり、新聞を買ったりしてコンビニエンスストアを後にします。

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